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空前の『silent』ブームに沸いた3ヶ月。私たちをここまで夢中にさせた“その理由”

空前の『silent』ブームに沸いた3ヶ月。私たちをここまで夢中にさせた“その理由”
空前の『silent』ブームに沸いた3ヶ月。私たちをここまで夢中にさせた“その理由”

ドラマは全く見ていないと言っていた同僚から『silent』の話をされた時、とても驚いたことを覚えている。見逃しサイトの再生回数は放送されるたびに記録を塗りかえ、Twitterでは世界トレンドを何度も獲得。世田谷代田駅などへの聖地巡礼も流行っていて、撮影場所の“silentカフェ”は平日でも2時間待ちらしい。

ワールドカップ中継で放送休止になった11月24日には、川口春奈目黒蓮など、いわゆる”俳優の固定ファン”以外の人たちも「今日は『silent』ないのか……」とぼそっとツイートしていたりして、改めて今作のすごさを実感した。

高校時代に付き合っていた二人が8年ぶりに再会するも、主人公の紬(川口春奈)は同級生の湊斗(鈴鹿央士)と付き合っていて、当時、一方的に別れを告げた想(目黒蓮)は“若年発症型両側性感音難聴”を患い、音のない世界で生きていた。

流れてくるセリフだけでなく、手話や筆談など、多様なコミュニケーションが展開される紬たちの物語は、そもそもが、テレビ離れを嘆かれる“イマドキ視聴者の没入感を高める構造”になっていたように思う。

さまざまなコンテンツに囲まれ、日々なにかに追われている私たちを、画面に引き寄せるほどの強い力を持つ作品はそう多くない。同クール放送の『エルピス』(カンテレ系)のように、「このドラマは集中しなければ……!」と視聴者が自ずと背筋を正したくなるほどに濃厚な作品もあるが、一方で『silent』は、視聴者の意識をとても自然に画面へと向けていたと思う。

しかし、俳優陣の素晴らしい演技はもちろんのこと、他にも『silent』が私たちを夢中にさせた理由があるのではないだろうか。本記事ではその理由に迫っていく。

■登場人物たちの人生を描く“きめ細やかなストーリー”

やはり欠かせないのが、脚本家・生方美久が紡ぐきめ細かなストーリーだ。先日放送された『ボクらの時代』(村瀬健P×生方美久×風間太樹監督回)では、こうも語られていた。「ラブストーリーっていうものを見てて、一番イヤだなと思うのが“当て馬”っていうポジションの扱い」だと。その言葉の通り、『silent』には主役二人だけではなく、他のキャラクターにも人生がある。

なかでも、物語が進むにつれて印象が変わったのは、紬の恋のライバルとして登場した奈々(夏帆)だ。想に恋焦がれるあまり、ぽっと現れた紬に対しても当初は攻撃的だった。奈々が紬に対して放った言葉で印象的なものがある。

「プレゼント使い回された気持ち。好きな人にあげたプレゼント、包み直して他人に渡された感じ」

ここでの“プレゼント”とは、奈々が教えた手話のこと。これだけを切り取るとなかなかキツイ言い回しだが、奈々と想の思い出を紐解いてみると、悩んでいた想に手を差し伸べた人こそが奈々であり、想は「奈々にだけ伝わればいいから」と手話を学ぶようになったのだった。

奈々の素直すぎる性格も、パソコンテイクを請け負った学生に毎回「ありがとうございました」と書いていた学生時代を知ると、むしろ彼女らしいとも思ってしまう。「ありがとうって使い回していいの?」と真正面から問いかけるピュアな奈々だからこそ、「ありがとう」を使い回さない彼女だからこそ、紬に大事なものを踏みにじられた気分になってしまったのだろう。さらには、奈々と手話教室の講師・春尾(風間俊介)の間にも、空白の八年間があった。“第二の紬と想”ともいえる彼らの人生も、再び動き出そうとしている。

■物語をスムーズに届ける演出。“ハンバーグ”に込められた思い

視聴者を置いてけぼりにしない分かりやすい演出も好印象。これはストーリーにも当てはまることだが、人の複雑な心の“揺らぎ”を描いているにも関わらず、見ているこちら側に「?」を残さない。かといって、登場人物たちに不粋な説明をさせることもなく、物語をスムーズに届けているのである。

例えば、たびたび登場する紬の好物“ハンバーグ”。ブラック企業で働いていた頃の紬(第3話)が、無理に頼まれた仕事を片づけるために駆け込んだファミレスで頼んだメニューも、ハンバーグだった。誰にも言えなかった会社への辛さを湊斗に打ち明けた紬は、蓄積していたものを吐き出し、その隙間を満たすようにハンバーグを食べる。結局食べきれないまま湊斗に預けてしまうのだが、この夜を境に、二人は距離を縮めていく。ハンバーグは湊斗との思い出の味でもあり、湊斗にとっては、紬が紬らしく生きていることの象徴でもあったのだ。

湊斗にフラれた後、紬が作っていたのもハンバーグだった(第5話)。紬と一緒に住む“湊斗過激派”の弟・光(板垣李光人)に「湊斗くん呼ぼうか?」と言われるくらい、二人分にしてはちょっと多めの材料をネコ形に捏ねていた紬。しかし、湊斗からの電話で改めてお互いの気持ちを話した後、手のひらサイズのネコはパンダになり、二人で食べきれるくらいのハンバーグになった。

ハンバーグの作り置きをしなかったこと、翌日に想と会った時に「ハンバーグ以外のものが食べたい」と伝えたことから、紬なりに湊斗から巣立とうとしていたのではないかと思う。わざわざ二日連続で同じものを食べたくないからでは……と受け取った人もいるが、あの瞬間の紬に少しでも湊斗のことを思っていてほしいと、願わずにはいられなかった。

スピッツの音楽のように“いつまでも愛されつづける存在”に

一方で、ドラマ本編と共に考察ツイートも流行っている。ハッシュタグ「♯silent考察」をのぞいてみてほしい。次回をまだかまだかと待つ視聴者の情熱にあふれていて、さすがに深読みしすぎでは? とリプライしたくなってしまうくらい、細かくチェックしているツイートも出てくる。しかし、その現象は“考察”というどこか俗物的な響きよりも、「登場人物の気持ちをもっと知りたい」「物語を理解したい」という純粋な視聴者感情のようにも思うのだ。

空前の『silent』ブームに沸いた3ヶ月だった。振り返ってみると、『silent』が毎週与えてくれた、じっくり腰を据えて作品に没頭する一時間は、忙しない毎日を送る私たちにとって、とても贅沢なものだったのかもしれない。物語が終わりを迎えても、それは例えば劇中で流れるスピッツの音楽のように、いつまでも多くの人に愛されつづける存在になるだろう。願わくば『silent』を機にテレビドラマを見始めた人たちが、これからも、なにかのドラマを楽しんでくれていたらうれしい。

参照元:https://dailynewsonline.jp/