お笑い、俳優、絵、書、ヨガ、瞑想……振り返れば、いろいろな活動をしてきました。ただ、僕は常に、そのとき「好き」だと感じたこと、「やりたい」という衝動に駆られたことをやり続けてきただけなんです。
一番最初に世に出させてもらった、人を笑わせる職業に就きたいと思ったのは、小学生のとき。卒業文集に“モノマネを勉強して芸能界に入りたい”と書いて、高校を卒業してから、声帯模写の片岡鶴八師匠に弟子入りしました。
モノマネで全国区になったきっかけが、『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)の『ひょうきんベストテン』。歌番組のパロディコーナーで、“マッチ”こと近藤真彦さんのモノマネを披露したんです。実は、ふだんから練習していたわけではなくて、ディレクターから「来週、ザ・ベストテンでマッチが1位を取るらしいから、鶴ちゃんやってよ」ってむちゃぶりされたんですよ。言われた3日後には収録でしたから、つけ焼き刃ながら「マッチでぇーす!」と言ったのがウケちゃったという……。今思い返しても全然、似てないですよね(笑)。
20代半ばくらいでしょうか。『ひょうきん族』をはじめとするバラエティ番組をやりながら、僕は俳優という仕事にも興味を持っていました。
というのも、人間には必ず“陰”と“陽”があって、バラエティは“陽”の部分。だけど、自分の中には当然、“陰”もあるわけだから、その部分も表に出したかったんですね。
31歳のとき、『男女7人夏物語』(TBS系)で演じた大沢貞九郎という男がナイーブで、落ち込むと電気を消しちゃうようなキャラクター。彼を演じて、自分の中の陰と陽をバランスよく表現することができ、俳優への意欲がより高まりました。
■自分自身をリセットしないと、俳優の世界では太刀打ちできない
そこで僕は、俳優へとシフトするため、ボクシングを始めました。意味が分かんないですよね(笑)。
でも、ちゃんと意味があって、バラエティ番組や大沢貞九郎で見せてきた“ぽっちゃりしたハイテンションの鶴ちゃん”を一度捨てて、自分自身をリセットしないと、俳優の世界では太刀打ちできないと思ったんです。もともとやりたいことだったんですが、当然、事務所は大反対。だって、バラエティをやっているほうが、収入面では何倍もいいんですよ。でも、自分の子どもたちに“お金のために夢を諦めて生きる姿”を見せたくなかったんです。
38歳で絵を描き始めたときも、「やりたい」という気持ちだけでした。絵なんて描いたって一銭にもならないし、絵の世界のこともまったく分からない。でも、描きたいという気持ちが、自分の中に沸々と湧いてくるので、それに従ったんです。
「やりたい」という気持ちは、意図的に生み出すものではないと思うんです。自分では気づいていない深いところにある種が、「これをやりたい」と反応して、発芽するものだと思うんです。57歳のときに生まれた、瞑想という種は、ヨガを通して今も育て続けていることの一つです。
今お仕事をいただいている俳優業も、自分の中の「やりたい」という声を聞きながらやっています。
NHKの連続テレビ小説『ちむどんどん』では“平良三郎”という役を演じています。この役は神奈川県の鶴見で生まれ育った、沖縄ことばをしゃべれない沖縄二世という設定にひかれましたね。三線を弾く人物なので、三線は必要不可欠。
楽器は大の苦手なんですが、1年間、毎日練習して、今や三線は僕の相棒となりました。
やりたいこと、好きなことだけをやってきた僕の人生は、もしかしたらとても幸運なのかもしれません。
よく「好きなことを仕事にするなんて難しい」というけれど、好きだからこそ、仕事にするために努力できると、僕は思っているんです。
これから、どんな「やりたい」という種が生まれるか分かりませんが、躊躇なくやれるよう、日々、自分と向き合って過ごしています。
片岡鶴太郎(かたおか・つるたろう)
1954年生まれ。東京都出身。高校卒業と同時に片岡鶴八氏に師事。演芸場などで活動後、23歳の頃からテレビに進出し、『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)などで人気を博す。33歳でプロボクシングライセンスを取得。俳優、画家、書家、ヨガマスターなど、幅広い分野で活躍している。現在放送中のNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』に出演中。