21世紀の今となっても脳に関しては謎が残されているというのも興味深い事実だ。新たな研究によると、人間の脳細胞には、これまで知られていなかったシグナルの送信経路があるのかもしれない可能性があるという。
これが本当なら、脳は従来考えられていた以上にパワフルなコンピューターである可能性があるそうだ。その可能性は昨年1月、ドイツ・フンボルト大学をはじめとする研究グループによって明らかにされた。
・大脳皮質に未知の発火経路
『Science』に掲載された研究論文によると、てんかんの患者から切除された大脳皮質の電気活動を調べたところ、これまで見たことのない"勾配(傾き)"のあるシグナルを発していることがわかったのだという。
目新しいのは、細胞がナトリウムイオンだけでなく、カルシウムイオンによっても発火していたことだ。この未知の発火経路は「カルシウム媒介樹状活動電位(dCaAP)」と呼ばれている。
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・脳の発火回路モデル
しばしば脳はコンピューターと比較される。たとえば、どちらもさまざまな作業を遂行するために電圧を利用する。コンピューターの場合、それはトランジスタを通過する電子の流れという形で行われている。一方、神経細胞では、「樹状突起」にある開閉する経路(チャネル)によってナトリウム・塩化物・カリウムといった荷電粒子(イオン)が交換されることで行われる。こうしたイオンの流れのパルスのことを「活動電位」という。
樹状突起はいわば情報の流れの信号機のようなものだ。この信号機が情報を別の神経細胞に伝えるかどうかは、ここでの活動電位が十分に大きいかどうかに依存する。
樹状突起が情報を伝えるかどうかは、論理回路にたとえると理解しやすい。そこで扱われている論理ゲートは、「論理積(AND)」と「論理和(OR)」の2種類。前者の場合、AとB両方のスイッチが入れば発火。後者の場合、AかBのどちらかのスイッチが入れば発火する。
しかし今回の研究グループによれば、ここにカルシウムが媒介する活動電位が加わることで、もう1つの論理ゲートである「排他的論理和(XOR)」を利用できるようになるという。
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・カルシウムが媒介する活動電位とヒト脳の高次機能
カルシウム媒介樹状活動電位が存在することで、具体的にどのような機能が実現できているのか? それは今後の研究を待たねばならない。
だが少なくとも、脳腫瘍の患者から切除された組織の検査から、これがてんかん患者に特有の現象でないことは確かめられている。
またラットの実験では、カルシウムを媒介したチャネルが人間のものとかなり異なることも確認されている。ならば、それはヒト脳の高次機能とどのように関係しているのだろうか。 興味は尽きない。