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キムタク先輩は永遠の憧れ…TOKIO松岡とのカッコよすぎる深い絆

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 グループの顔だった長瀬智也が3月いっぱいでジャニーズ事務所を退所して、4月1日から3人体制となったTOKIO。グループの先輩は、解散したSMAPだった。SMAPで唯一ジャニーズに残っているのは木村拓哉TOKIOとは5人(当時)全員と親交があった。

 長瀬からはバイク屋を紹介してもらい、18年に退所した山口達也さんとは趣味がサーフィンという共通点があった。1年先輩で年齢も上の城島茂には、合宿所の目の前にあったヘアサロン「モリオフロムロンドン」を紹介してあげた。1年後輩の国分太一には、いろんなジャンルの音楽を教えてあげた。

 89年に入所した松岡昌宏には、ファッションで多くの影響を与えた。松岡は北海道出身で、中学生でジャニーズ入り。花の大都会東京で初めてスーツをプレゼントしてくれたのが、木村だった。

 「SMAPがレギュラー出演していたバラエティ番組『アイドル共和国』(テレビ朝日系)に、松岡さんはSMAPのバックダンサー『SMAP学園』の一員として出ていました。SMAPが着ていた衣装のスーツを『スーツ、かっこいいですね』と褒めると、『もう1個あるから、やる』と木村さんからもらったのです。紫色のド派手なスーツは、松岡少年が生まれて初めて手にした大人のファッションでした」(アイドル通の芸能ジャーナリスト)

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 それまではデニム生地の短パンにアロハシャツしか着たことがなかった松岡にとって、紫色のスーツはオトナそのもの。中学生には不釣り合いで、周りは引き気味だったが、松岡にとっては生涯忘れられない宝物となった。

 「アイドル共和国」終了後の91年にSMAPがデビュー。94年にデビューしたTOKIOが日本武道館でデビューコンサートを開催すると、木村が応援のために駆け付け、アルバム収録曲を歌ってくれた。

 昨年、テレ朝系で木村の主演連ドラ「BG~身辺警護人~」、松岡の「家政夫のミタゾノ」が放映された。木村はテレ朝局内に張られていた「ミタゾノ」のポスターとツーショットを撮り、「エレベーターにこのサイズのポスター……迫力が……松岡ぁ〜‼︎ファイトぉ〜‼」という文章を添えてインスタグラムにアップした。それを見た「ミタゾノ」スタッフは、「見ましたかー?」と現場で大騒ぎ。士気を高めたスタッフを見て、松岡は改めて先輩の偉大さを痛感したという。

 そんな松岡も現在は、株式会社TOKIOの副社長で広報。同社はモノづくりを日本中から発信するとしている。キムタクとタッグを組む可能性もゼロではないか。